第1回 交野史跡めぐりが行われました

◆6月10日(金) 10:00~12:00 参加者30名 第1回交野史跡めぐり「星田コース」が行われました。

◆交野市星のまち観光協会ガイド 桝田 恵・山崎美加さんの新企画
1年で8回のプチ観光シリーズが、いよいよスタートです。快晴。結構、アップダウンの行程でしたが、熱射病も脱落者もなく、無事終了しました。ご参加の皆さん、ありがとうございました。

◆「星田コース」のウォークといえば、昔から伝統的に「獅子窟寺で弘法大師が修行すると北斗星が降った」「八丁三所」伝説が定番となっています。

◆今回、桝田さんのガイドはちがいました。
「家康ひそみの藪」では、家康の「伊賀越え」の話だけでなく、織田・徳川の連合軍が、武田勝頼を打ち破り、信長から駿河・遠江を進呈されたお礼に、家康が安土を訪れてのち、本能寺の変へと歴史舞台が大きく廻る様子を、信長・家康・光秀三人の人間模様で語りました。

「平井家」では、「大坂夏の陣」の前夜、家康が、平井家を陣屋として翌日、新宮山から出陣した歴史だけでなく、「大坂冬の陣、夏の陣」での真田幸村の奮闘や滅びゆく豊臣の最後の様子などを物語った後、家康の星田宿陣の後日談として、「神祖営址の碑」で結ぶなど、まったく新鮮で、新しい切口の「星田コース」ガイドでした。まるで、星田の歴史が、別にもう一つ存在していたような印象でした。

◆山崎さんも、「ガイドチラシ」の取材制作に早くから取り組みました。

◆星田区の市岡区長には、場所の提供などを受けたうえ、全コースを同道いただくなど、大変お世話になり厚く御礼を申しあげます。



▲参加者が、早々と受付確認に訪れ、期待の高さがわかります。


▲北川会長の挨拶。



▲いざ。出発。


▲2万年前、石器時代からの道「山の根の道」の説明。


▲正面の細い路地が、東高野街道に通じ、遠く奈良県二上山に産するサヌカイト(叩き割ると、石包丁となる石器時代の石材)をもち帰り、京都、北陸地方まで運んだ道です。

(参考)二上山のサヌカイト (香芝市 ホームページより)



▲交野八景「妙見の観桜」の説明。
説明文には、「またや見ん 交野のみ野の桜狩り 花の雪散る 春のあけぼの」(藤原俊成)という和歌が載せられています。
うっかり読むと、この和歌は妙見河原で詠まれたように錯覚しそうです。実際は、今の枚方市駅使くの「禁野」(きんや)から「渚院跡」のある「御殿山」(ごてんやま)あたりで詠まれたにちがいありません。
桝田ガイドも、しっかりそのこと説明されていました。
因みに、この和歌の鑑賞のポイントは、桜の散る時刻といえます。「春のあけぼの」を、「枕草子」で清少納言は、「山の端 少し明かりて やうやう白くなりゆく」と描写しています。山ぎわが明るみ始める時刻ですから、あたりはまだ暗い夜明前です。そのような仄明かりに舞う桜の花びらを鑑賞するのは、とても風流といえますが、野宿でもしないと、そんな情景には出会えないかもしれません。






▲北極星と北斗七星を神格化して祀る星田妙見宮を後にして…。




▲本能寺の変のとき、堺にいた家康は、かねての知人「平井家」を頼って星田に到着し、ここの藪に身を潜めて「伊賀越え」の案内人を待ったという「伝ひそみの藪」を説明したあと、看板の絵を描いた画家杉浦つかささんを紹介しました。




▲「平井家」「神祖営址の碑」では、桝田ガイドの熱弁が、参加者を魅了しました。



▲交野随一美しい「白壁小路」と、今も門前に「馬つなぎ金具」が残されている和久田家の長屋門。ともに、星田地区ばかりでなく、交野市の宝ものといえます。


▲星田会館の説明。春場所には、春日野部屋が滞在し、お相撲さんの姿が見られます。

(ご参考)「後援会横幕」「力士の廻しを干す」情景


▲「大坂夏の陣」で家康が、軍旗を掲げて出陣した新宮山へ。

◆新宮山で、「大坂夏の陣」へと出発した家康の雄姿を伝えて、第一回交野史跡めぐり「星田コース」は終わりました。

◆参加者の皆さんからは、「星田と家康が、こんなに縁が深いとは知らなかった」「次、NHKなどで、家康を放映するとき、ぜひ、星田も取材してほしい」「新しい交野を発見できて、新鮮だった」「ガイドさんの言葉に酔った」などの感想が寄せられました。