5月1日 交野山で旗振るグループ決定

◆令和元年5月1日正午交野山で”新元号を祝福する旗”を振るグループが決まりました。(代表者名は敬称を省略しています)

◆交野山で旗を降るようすを市民の皆さんに見ていただくために、交野・枚方に8つの”ビューポイント”を設けます。”遙拝所”です。

ビューポイントは、1.百済寺跡(枚方)2.倉治公民館前 3.私部城跡      4.大矢農産前 5.いきいきランド 6.天の川七夕橋(上流側)7.岩船小学校近辺 8.星田神社境内です。

◆ビューポイントでは、「野鳥の会」の皆さんなどが望遠鏡などで交野山の旗振りを見るお手伝いをしてくださいます。どうか、5月1日の正午は、ビューポイントにお集まりください。(2019-4-13 佐藤義也記)

 

◆旗振り候補者の変更(2019-4-13 23:00)

以上 よろしくお願いします。

 

2018 交野めぐり開催

平成30年10月15日(月)交野市工業会「交野めぐり」が開催されます。
今年も共同開催として、観光協会として「まちめぐり」をおこないます。
1:星田めぐり
 ・徳川家康が大坂夏の陣に出陣した地。家康ゆかりの場所や戦国代より残る
  街並み、弘法大師が修法中に見たとされる降星伝説に伝わるお寺等を巡ります。

2:倉治めぐり
 ・修験道修行の場、源氏の滝から、七夕伝説の機物神社、杉板塀・二平川の洗い場
  等の昔の街並み、歴史資料室を巡ります。

  

申込方法:交野市工業会のホームページより
www.katano-kougyoukai.com/
申込用紙 FAX893-3380
で申込ください。

 

2018年8月23日

「カタノフォトロゲ大作戦!」 大募集!

交野で初めてのフォトロゲイニング「カタノフォトロゲ大作戦!」を10月9日(祝)に開催いたします。友達や家族と一緒に交野のまちを楽しみませんか?交野のまちのほとんどをもうらして(一部枚方もあります)写真をとります。1日で、「交野のまち博士」、まちがいなし。

詳しくは https://ttravel.jp/katano/index.html をご覧ください。

フォトロゲイニング®とは? 当日配られる地図をもとに制限時間内にチェックポイントを回り、得点を集めるスポーツです。 チームごとに作戦を立て、チェックポイントでは見本と同じ写真を撮影します。 チェックポイントに設定された数字がそのまま得点となり、より合計点の高いチームが上位となります。 同じ得点の場合はゴールした時間が速い方が上位となります。 交野市では初開催のフォトロゲイニング大会。 交野の自然豊かな里山やのどかな街並みをたっぷり楽しんでもらえるようにチェックポイントも趣向を凝らしています。 ゆっくりと歩きながら交野の自然や歴史的背景や建築を楽しむというのも”フォトロゲイニング”ならではの楽しみ方です。

 

◆ご覧いただきありがとうございます。ご参加をお待ちいたします。

 

2017年9月6日

巨石のまち交野めぐり

◆今年6月2日、丹波市からバス2台で、星のぶらんこ、磐船神社に観光客を迎えたとき、「交野は巨石のまち」でもあるとPRしたら、リピートがきました。

◆早速、コース案をつくって歓迎の意をあらわしました。

1.前提:マイクロバス使用、ガイド:田中利子

2.コース:★10:00 交野カントリー倶楽部駐車場{事前許可必要} 徒歩10分★10:10~10:40交野山観音岩、及び梵字岩二つ見学⇒★11:30~13:00 獅子窟寺下でバス下車し(バスは他所へ移動)徒歩片道30分 獅子窟岩、天福岩見学 ★13:00~14:00 昼食(私市水辺プラザ)⇒★14:30~15:00 磐船神社 磐船岩見学と岩窟めぐり ★15:20 帰途へ

※磐船神社へ行かない場合は、14:30~15:00 星田妙見宮 ご神体の織女石見学をします。

◆参考資料として、2種類の解説資料準備しました.

1.「巨石のまち交野」というトータルPRです。

2.提案したコースの巨石の解説です。

◆ご覧いただき、ありがとうございました。

あなたは、交野の巨石をご覧になりたいと思いますか?

 

 

2017年8月19日

七夕伝説の里交野 その5

◆創建 2006年開始(12年前)に開始。

◆由来 天の川の私部西地区にかかる逢合橋には、いつのころからか、七夕の夜、この橋で、西の中山観音寺跡(枚方市)の牽牛石と、東の機物神社の織姫が逢う瀬を楽しむという話が伝わっています。この話をもっと発信しようと、天の川七夕まつりが、2005年始められたのをきっかけに、その翌年の2006年、この地区の住民によって始められました。 

由来の裏 

しかし、「牽牛石」とは、古代寺 中山観音寺跡(枚方市)にもともとあった『牛石』を昭和34年、ここを発掘調査した片山長三氏が、そう呼んだのが発端で、以来、七夕の夜、牽牛石と機物神社の織姫が逢合橋で会うという「新伝説」が広まったと思われます。

  ◆「新伝説」の実体化

  片山長三氏の発言を信じる人たちによって、ここに牽牛像が建てられ、「新伝説」は実体化されることになりました。  

註10.交野市史 民俗編 40頁                

註11.瀬川芳則 西田敏秀 馬場隆弘 常松隆嗣 東 秀幸「枚方の歴史」 松籟書店 2013年 117頁

◆参加  主として逢合橋近くの町内の人々

 ◆祭日 7月6日、7日 ※約300人 

◆牛石(牽牛石) 

◆「伝承」

◆「新伝説」の実体化

2007年7月7日、第10回全国七夕サミット枚方交野大会を記念して天の川星まつりの会によって建てられました。

◆牽牛像建立の趣旨

◆上記の写真は、2016年8月18日のものです。

◆2017年8月13日、訪れると、「牛石」の説明看板がかわり、牽牛像の周りには2枚の新しい掲示が建てられていました。「新伝説」が、さらに実体化されつつあるという印象でした。七夕伝説の火は、燃え続けているといえるでしょう。

◆牛石の説明看板が、新しくなっていました。黄色のノボリは、枚方市制施行70周年記念のものですが、巻き上げて固定されていました。

 

 

◆牽牛像のまわりに、「けんぎゅうくん」誕生の看板があり、となりに、「天の川星まつりの会」の看板でしょうか、10年前の牽牛像建立の説明と、この像のまえで行われてきた「香陽七夕まつり」が~香陽七夕~「けんぎゅう祭」になって、本年から香陽小学校で行われることとなったと伝えていました。

 

◆ご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

2017年8月14日

七夕伝説の里交野 その6

6.七夕の歌碑

交野では、天の川沿いに七夕鍵碑が建てられています。北{下流}から紹介します。織姫と彦星のデートの仕方の豊かさにご注目ください。

 

1.逢合橋(左岸、北西の橋のたもと)

和歌 彦星と織女(たなばたつめ)と今夜(こよひ)逢ふ 天の川門(かわと)に波立つなゆめ

歌人 万葉集巻10-2040 読人しらず

歌意 彦星と織姫が今夜逢うのです 波よ、天の川の渡り瀬に、決して波を立てないでおくれ。揮豪 岡本三千代氏 (万葉うたがたりの会)

建立 2011年7月6日

   七夕伝説継承の地として、逢合橋七夕まつり実行委員会によって建てられました。

デートの仕方 今日の七夕伝説では、彦星と織姫のデートは、朝鮮半島にすむカササギという鳥が群れてつくる「カササギの橋」を渡ると伝わっています。しかし、この和歌で興味深いのは、「天の川門に波たつな」、つまり「渡り瀬に波をたてないでおくれ」と詠っている点です。作者は、織姫が川を歩いて渡ってデートするイメージをもっているようです。素朴な少女のような印象の織姫がとても新鮮です。

 

2、第二京阪道歩道(左岸、北西の橋のたもと)

和歌 天の川遠き渡りになりにけり 交野の御野(みの)の五月雨(さみだれ)の頃

歌人 続後撰和歌集 藤原為家(ふじわら ためいえ)

歌意 天の川の対岸は遠くなりました。いま交野は五月雨の多いころですから。

揮豪 桑野幸徳氏 (元三洋電機株式会社 社長)

建立 2010年3月6日 

   第二京阪道路開通を記念し、天の川を美しくする会によって建てられました。

解説 またや見む 交野のみ野の桜狩り 花の雪散る 春のあけぼの

   交野が原の桜を愛でた、あまりにも有名なこの和歌は、平安時代の歌人 藤原俊成の

   作品です。子が藤原定家(新古今和歌集、百人一首の撰者)、孫が為家です。

   ともに京都冷泉家の祖で、冷泉家には、七夕と乞巧奠の儀式が伝わっています。

 

3.天野川緑地公園(左岸 藤棚の横)

和歌 天の川梶の音聞こゆ 彦星と織女(たなばたつめ)と今夜(こよひ)逢ふらしも

歌人 万葉集巻10-2029 柿本人麻呂歌集出 

歌意 天の川から梶の音が聞こえてきます。今夜、彦星と織姫が逢っているらしいよ。

揮豪 碧雲(生田 貢氏 私市山手在住 書家)

建立 2011年11月3日 

  交野市市制施行40周年を記念し、同実行委員会によって建てられました。

デートの仕方 いま、二人は舟の上でデートしているのでしょうか?これから舟に乗って岸のどこかに着くのでしょうか?漕ぎ手は、誰、なのでしょうか?櫓をきしませて川面を行く舟のさまに、わくわくさせられます。

 

4.星田妙見宮(一の鳥居横)

和歌 織女(たなばたつめ)し船乗りすらし まそ鏡 清き月夜に雲立ち渡る

歌人 大伴家持

歌意 織姫が迎えの船に乗っているらしい その櫓のしぶきで明月に雲がかかってきました。

揮豪 祥苑(加納正子氏 星田在住 女流書家)

建立 2011年12月23日

   5年後に1200年祭を迎えるにあたり、七夕伝説継承の地として建てられました。

デートの仕方 船には織姫しか乗っていません。彦星の待つ岸へと急ぐ船のあげる水しぶきが、織姫の胸の高まりをあらわしているようです。 

 

5.私市水辺プラザ(私市かささぎ橋横)

和歌 狩り暮らし棚機女(たなばたつめ)に宿借らむ 天の川原に我は来にけり

歌人 古今和歌集 伊勢物語 在原業平

歌意 一日狩りをして日も暮れたので、織姫さまに宿を借りよう。折角、七夕で有名な天の川原に来たのだから。

揮豪 谷井昭雄氏(元松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)社長)

建立 2007年5月26日

 私市水辺プラザの竣工を記念し、天の川を美しくする会によって建てられました。

解説 この和歌は、惟喬親王と渚の院で花見をした後、天の川に来て詠った和歌で、1200年前、平安時代の京都に、交野が原が七夕伝説の里として知られるようになるきっかけとなりました。

 

 

2017年8月14日

 5.逢合橋七夕まつり

 ◆創建 2006年開始(12年前)に開始。  

◆由来 

天の川の私部西地区にかかる逢合橋には、いつのころからか、七夕の夜、この橋で、西の中山観音寺跡(枚方市)の牽牛石と、東の機物神社の織姫が逢う瀬を楽しむという話が伝わっています。この話をもっと発信しようと、天の川七夕まつりが、2005年始められたのをきっかけに、その翌年の2006年、この地区の住民によって始められました。

 ◆由来の裏 

しかし、「牽牛石」とは、古代寺 中山観音寺跡(枚方市)にもともとあった『牛石』を昭和34年、ここを発掘調査した片山長三氏が、そう呼んだのが発端で、以来、七夕の夜、牽牛石と機物神社の織姫が逢合橋で会うという「新伝説」が広まったと思われます。 

 ◆「新伝説」の実体化

  片山長三氏の発言を信じる人たちによって、ここに牽牛像が建てられ、「新伝説」は実体化されることになりました。  

註10.交野市史 民俗編 40頁

註11.瀬川芳則 西田敏秀 馬場隆弘 常松隆嗣 東 秀幸「枚方の歴史」 松籟書店 2013年 117頁

◆参加  主として逢合橋近くの町内の人々

◆祭日 7月6日、7日 ※約300人 

 

◆牛石(牽牛石) 

◆「伝承」

◆「新伝説」の実体化

2007年7月7日、第10回全国七夕サミット枚方交野大会を記念して建てられました。

◆牽牛像建立の趣旨

◆ご覧いただきありがとうございました。

 

2017年8月12日

七夕伝説の里交野 その4

4.天の川七夕まつり  (その3 星田妙見宮は後刻アップ予定です)

◆1300年以上の歴史の機物神社、1200年の古さの星田妙見宮の七夕伝説と七夕まつりを、さらに交野市あげて継承発展させようと生まれたのが、市民手作りの天の川七夕まつりです。まつりに参加する地域は、目下10地域、約20団体です。

◆創 建  2005年開始(13年前) 。

  2007年7月7日  第10回全国七夕サミット 枚方交野大会を、交野・枚方の両市が共同で主催することになっていたので、その時「交野の七夕まつり」として披露することを目的に創設されました。  

 ◆コンセプト 夜空の銀河が交野の天の川に降り敷いたような灯火いっぱいの癒しのまつり。

  ただ、観光目的で市外の観光客を集めてまちおこしすることを目指すだけでなく、観光協会のモットー『住んでよし、訪れてよし』 の方針にしたがい、交野市民にとっても、楽しみとされる故郷のまつりをめざすとしています。 

◆ともしび ローソクの火だけしか使わず、それに拘ったまつりです。

何度か、LEDを使ったらどうかという話題がもちあがりましたが、ローソクの炎には、太古の昔から人類が炎によって飢えや恐怖をしのぎ、連帯を養った生存の原       点があり、原始の炎には魂を揺さぶる力が宿るとして、この方針は一貫して変わっていません。 

◆参 加 10~12地区と約20団体 

◆祭 日7月末の土曜日来場者2005年7,500人、2016年 15,000人、2017年 17,000人  

最初は、機物神社や星田妙見宮にあわせ、7月7日の同時開催としていましたが、にわか雨などに見舞われる機会が多く、梅雨期の開催は「灯火のまつり」に支障があるとして7月末開催とし、孫などの帰省のよろこびともなるようにしています。 

 ◆交野は七夕まつりのまち意識

このまつりの開催を機に、交野市広報が、七夕まつり特集を開始し、いままで宗教行事扱いだった機物神社、妙見宮の七夕まつりを、市民イベント扱として、新設の天の川七夕まつりなどと一緒に初めて開催情報を告知 する方針にかわり、交野市は七夕のまちという意識が市民の間に急に広まることとなりました。

◆エピソード 

最初、天の川七夕まつりの創設を相談したとき、機物神社の中村宮司も星田妙見宮の佐々木宮司も、 大賛成、ともにやろうということだったのに、しばらくすると、手のひらを返したように、大反対といわれます。

どうやら、氏子の皆さんから「参拝者をとられるぞ」と両宮司に猛反対の抗議があったもようです。両宮司や氏子代表の方々と「かならず相乗効果がでる」と話しあってもラチが空きません。

当時の中田市長にお願いして市長・両宮司・観光協会で食事をし、「市長から了承してくれと頼まれたからOKしてくれと氏子の皆さんを説得してほしい」とお願いすることにしました。その代わり、交野市広報で、両神社のまつりも特集を組んで広報し、交野市あげての七夕まつりという方向へ大きく前進させよう、ということでようやく決着しました。以来、両神社とも、参拝者は増加し続けています。  

◆表 彰 

天の川七夕まつりは、あんどんや紙とうろうの絵画のような美しさ、6000個もの数のクラスランタンを並べた地上絵のような見事さが特徴です。2014年からそれらを表彰することになり、つぎの地域、団体が受賞しました。

★2014年 ・あんどんの部 市長賞 松塚地区 ・グラスランタンの部 観光協会長賞 交野ハイキング同好会 

★2015年 ・あんどんの部 市長賞 星田地区  ・グラスランタンの部 観光協会長賞 白ゆりグループ

★2016年 ・あんどんの部 市長賞 松塚地区  ・グラスランタンの部 市長賞 FC TIAMO  (この年から市長賞1つに統一されました)

★2017年 ・あんどんの部 市長賞 星田地区  ・グラスランタンの部 市長賞 天の川わんぱく村

◆天の川七夕まつりの光景です。

 

◆ご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

2017年8月11日