七夕伝説の里交野 その6

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6.七夕の歌碑

交野では、天の川沿いに七夕鍵碑が建てられています。北{下流}から紹介します。織姫と彦星のデートの仕方の豊かさにご注目ください。

 

1.逢合橋(左岸、北西の橋のたもと)

和歌 彦星と織女(たなばたつめ)と今夜(こよひ)逢ふ 天の川門(かわと)に波立つなゆめ

歌人 万葉集巻10-2040 読人しらず

歌意 彦星と織姫が今夜逢うのです 波よ、天の川の渡り瀬に、決して波を立てないでおくれ。揮豪 岡本三千代氏 (万葉うたがたりの会)

建立 2011年7月6日

   七夕伝説継承の地として、逢合橋七夕まつり実行委員会によって建てられました。

デートの仕方 今日の七夕伝説では、彦星と織姫のデートは、朝鮮半島にすむカササギという鳥が群れてつくる「カササギの橋」を渡ると伝わっています。しかし、この和歌で興味深いのは、「天の川門に波たつな」、つまり「渡り瀬に波をたてないでおくれ」と詠っている点です。作者は、織姫が川を歩いて渡ってデートするイメージをもっているようです。素朴な少女のような印象の織姫がとても新鮮です。

 

2、第二京阪道歩道(左岸、北西の橋のたもと)

和歌 天の川遠き渡りになりにけり 交野の御野(みの)の五月雨(さみだれ)の頃

歌人 続後撰和歌集 藤原為家(ふじわら ためいえ)

歌意 天の川の対岸は遠くなりました。いま交野は五月雨の多いころですから。

揮豪 桑野幸徳氏 (元三洋電機株式会社 社長)

建立 2010年3月6日 

   第二京阪道路開通を記念し、天の川を美しくする会によって建てられました。

解説 またや見む 交野のみ野の桜狩り 花の雪散る 春のあけぼの

   交野が原の桜を愛でた、あまりにも有名なこの和歌は、平安時代の歌人 藤原俊成の

   作品です。子が藤原定家(新古今和歌集、百人一首の撰者)、孫が為家です。

   ともに京都冷泉家の祖で、冷泉家には、七夕と乞巧奠の儀式が伝わっています。

 

3.天野川緑地公園(左岸 藤棚の横)

和歌 天の川梶の音聞こゆ 彦星と織女(たなばたつめ)と今夜(こよひ)逢ふらしも

歌人 万葉集巻10-2029 柿本人麻呂歌集出 

歌意 天の川から梶の音が聞こえてきます。今夜、彦星と織姫が逢っているらしいよ。

揮豪 碧雲(生田 貢氏 私市山手在住 書家)

建立 2011年11月3日 

  交野市市制施行40周年を記念し、同実行委員会によって建てられました。

デートの仕方 いま、二人は舟の上でデートしているのでしょうか?これから舟に乗って岸のどこかに着くのでしょうか?漕ぎ手は、誰、なのでしょうか?櫓をきしませて川面を行く舟のさまに、わくわくさせられます。

 

4.星田妙見宮(一の鳥居横)

和歌 織女(たなばたつめ)し船乗りすらし まそ鏡 清き月夜に雲立ち渡る

歌人 大伴家持

歌意 織姫が迎えの船に乗っているらしい その櫓のしぶきで明月に雲がかかってきました。

揮豪 祥苑(加納正子氏 星田在住 女流書家)

建立 2011年12月23日

   5年後に1200年祭を迎えるにあたり、七夕伝説継承の地として建てられました。

デートの仕方 船には織姫しか乗っていません。彦星の待つ岸へと急ぐ船のあげる水しぶきが、織姫の胸の高まりをあらわしているようです。 

 

5.私市水辺プラザ(私市かささぎ橋横)

和歌 狩り暮らし棚機女(たなばたつめ)に宿借らむ 天の川原に我は来にけり

歌人 古今和歌集 伊勢物語 在原業平

歌意 一日狩りをして日も暮れたので、織姫さまに宿を借りよう。折角、七夕で有名な天の川原に来たのだから。

揮豪 谷井昭雄氏(元松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)社長)

建立 2007年5月26日

 私市水辺プラザの竣工を記念し、天の川を美しくする会によって建てられました。

解説 この和歌は、惟喬親王と渚の院で花見をした後、天の川に来て詠った和歌で、1200年前、平安時代の京都に、交野が原が七夕伝説の里として知られるようになるきっかけとなりました。

 

 

2017年8月14日