七夕伝説の里交野 その5

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◆創建 2006年開始(12年前)に開始。

◆由来 天の川の私部西地区にかかる逢合橋には、いつのころからか、七夕の夜、この橋で、西の中山観音寺跡(枚方市)の牽牛石と、東の機物神社の織姫が逢う瀬を楽しむという話が伝わっています。この話をもっと発信しようと、天の川七夕まつりが、2005年始められたのをきっかけに、その翌年の2006年、この地区の住民によって始められました。 

由来の裏 

しかし、「牽牛石」とは、古代寺 中山観音寺跡(枚方市)にもともとあった『牛石』を昭和34年、ここを発掘調査した片山長三氏が、そう呼んだのが発端で、以来、七夕の夜、牽牛石と機物神社の織姫が逢合橋で会うという「新伝説」が広まったと思われます。

  ◆「新伝説」の実体化

  片山長三氏の発言を信じる人たちによって、ここに牽牛像が建てられ、「新伝説」は実体化されることになりました。  

註10.交野市史 民俗編 40頁                

註11.瀬川芳則 西田敏秀 馬場隆弘 常松隆嗣 東 秀幸「枚方の歴史」 松籟書店 2013年 117頁

◆参加  主として逢合橋近くの町内の人々

 ◆祭日 7月6日、7日 ※約300人 

◆牛石(牽牛石) 

◆「伝承」

◆「新伝説」の実体化

2007年7月7日、第10回全国七夕サミット枚方交野大会を記念して天の川星まつりの会によって建てられました。

◆牽牛像建立の趣旨

◆上記の写真は、2016年8月18日のものです。

◆2017年8月13日、訪れると、「牛石」の説明看板がかわり、牽牛像の周りには2枚の新しい掲示が建てられていました。「新伝説」が、さらに実体化されつつあるという印象でした。七夕伝説の火は、燃え続けているといえるでしょう。

◆牛石の説明看板が、新しくなっていました。黄色のノボリは、枚方市制施行70周年記念のものですが、巻き上げて固定されていました。

 

 

◆牽牛像のまわりに、「けんぎゅうくん」誕生の看板があり、となりに、「天の川星まつりの会」の看板でしょうか、10年前の牽牛像建立の説明と、この像のまえで行われてきた「香陽七夕まつり」が~香陽七夕~「けんぎゅう祭」になって、本年から香陽小学校で行われることとなったと伝えていました。

 

◆ご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

2017年8月14日