紅葉の交野めぐりⅠ.

紅葉の交野めぐり Ⅰ.

1.魂の宿る山 交野山

◆昔の修行者はこの山を中心とした交野連山の峰々をひたすら踏破して悟りをえました。山頂の観音岩に刻まれた「聖観音菩薩」の梵字、南面の「三宝荒神」、そして北の岩の「大日如来」の梵字が、当時の精神をいまに伝えています。この山の紅葉は、そんな思いで見ると、いっそう輝きます。

_MG_8495

①JR津田駅から関西電力変電所の裏の道を経由、交野カントリークラブ入口を目指します。ゴルフ場進入道の最初あたり、ボーイスカウトの練習場を埋める紅葉は谷あいで色づいて深い趣があります。

交野山麓1

交野山麓2.

②途中、ゴルフ場の門がありますが通れます。さらに行くとひときわ色づいた大きい紅葉が待っています。

交野山麓3.

③さらに行くと右が交野山の登山口です。その左あたりゴルフコースでは深紅に色づいた紅葉がみられます。見ものです。

交野山麓4.

④色づいた木々の影の紅い鳥居をいくつかくぐりぬけると、登山ハシゴの最初に「三宝荒神」の梵字があります。「ウーン」と読みます。

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鬼の表情の神で、仏教の三大宝「仏」「法」「僧」を武器として悪を懲らしめ仏教と庶民を守ります。民間では「台所の神さま」として親しまれ、火災予防、家族の健康と幸福をもたらすと信じられています。いまは、梵字保護の覆いがありますが、「ウーン」と呼びかけて手をあわせましょう。

三宝荒神梵字06-4

⑤最終は八方が絶景の観音岩です。はるか正面に六甲山系、左に生駒山、右に京都方面が見渡せます。

R0015373

絶景を見渡す足元の岩壁に「聖観音菩薩」の梵字が刻まれています。庶民の願いは、どんなに小さな声でも聞き分けて真っ先に駆けつける仏と信じられています。「サ」と読みます。岩の上で大空に向かって手をあわせ心で「サ」と唱えてみましょう。一瞬、この大岩と一体になった気がするはずです。それが、仏教でいう「悟り」の境地です。

観音梵字09-11

⑥ここで引き返しますが、「梵字」を見たい人は、観音岩の前のすぐ下の道を左へたどります。右側の岩に、「大日如来」をあらわす梵字があります。「ア」と読みます。天地創造の知恵と万物を育む慈悲をもった仏と信じられています。その先、道から少し茂みに入り観音岩に近づくと、大岩壁面上方の「聖観音菩薩」の梵字が見えます。もう一度「サ」の音を口にしてみましょう。あなたも、一瞬、昔の修行者の仲間入りをしたことになるでしょう。

大日如来梵字09-11

 

2.身を清め、魂を洗う源氏の滝

 

◆昼も暗いほどに古木が繁るなか、滝から流れ出た清い谷水を紅葉が彩ります。「夜泣き石」の伝説が伝わり奥には源氏の滝不動尊があります。

①交野山から引き返して左方向にとると、川があるので、その道を左折します。そこが源氏の滝公園の入口です。入口あたり、深い山間のなかに紅葉の古木が色づいています。どこか魂を揺さぶられそうな雰囲気です。

1.源氏の滝入口

2.源氏の滝入口少し奥

3.源氏の滝 奥

②流れに沿ってなだらかな坂道を登ると、左に「夜泣き石」があります。

「美しい姉弟が仲良く暮らしていました。不幸なことに、あるとき、盗賊に襲われ弟が殺されます。怒った姉が盗賊の女頭を刺し殺します。すると、死に際、女盗賊は二人が彼女の実子であることを告げます。知らずとはいえ、実母を殺害したと知った姉は悔やんで源氏の滝に身を投げてしまいます。それ以来、滝のまわりには、夜になるといくつかの石が泣き声をもらすといいます」

夜泣き石low

③さらに進むと滝の手前の大岩の上には小さな不動明王が祀られ滝を見つめているように見えます。上方では色とりどりに紅葉した木々が枝をさし交 わします。

4.源氏の滝手前大岩の不動妙王

④その先では、源氏の滝がしぶきをあげています。昔、修行者は、何日も何日も、南の峰に沿う磐船神社、南の峰の獅子窟寺、隣り合う峰の龍王山の間を往復して厳しい修行を積み、悟りを開くと、いまはない交野山開元寺からこの「(開)元寺(げんじ)の滝」へ降りてきて、滝口に彫られた不動明王の梵字のまえで身を清めました。  不動明王は、大日如来の化身で、燃え盛る炎のなかで怒りの表情でいて一切の悪を焼き払い修行者を守ると信じられています。梵字は「カーンマーン」と読みます。

5.源氏の滝

源氏の滝梵字

<撮影:高尾秀司氏>

⑤源氏の滝の左を登っていくと源氏の滝不動尊があります。周囲は色とりどりに紅葉します。さらに登ると、交野山に通じています。

ここ源氏の滝不動尊の境内は訪れる人もまばらで霊気が満ち溢れたような雰囲気です。それもそのはず、滝の落ち口には、山岳信仰の仏として修験者の信仰を集めた不動明王の梵字が刻まれ、すぐ上の交野山の頂上には梵字が三字刻まれています。信仰の山々を駆け巡って悟りを開いた修行者が、交野山からここへ降りてきて身を清めた場所ですから、霊感と霊気あふれるパワースポット中のパワースポットといえるでしょう。

境内にはたくさんの石仏が並んでいます。その一体を選んで対面して座禅を組み、しばらく瞑想してみましょう。はるか南の磐船神社の船形の大岩、西の獅子窟寺の巨大な二枚貝のような獅子窟岩、そして交野山の巨石が互   いに呼び合って一つになり、山をかけ下った滝の水の勢いとともに、あなたは、まるで厳しい修行を終わった直後のように、将来の展望が急に開けるのを体験するでしょう。

6.源氏の滝不動尊

 

◆修験道道場の巨石

<山岳信仰 交野修験道道場  南の峰の磐船神社の船形の巨石>

P1020022

 

<山岳信仰 交野修験道道場 西の峰の獅子窟寺の獅子窟岩>

獅子窟岩

 

⑦帰り道、谷川の流れる方向の近くに機物神社(はたものじんじゃ)があります。七夕の織姫を祀った神社です。出会いの神様です。参拝し、今日の、山や滝との出会いをもう一度ふりかえってください。

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 <補足>ここで昔の交野の山岳信仰の修験道の場として磐船神社、獅子窟寺、龍王山、交野山、源氏の滝をとりあげましたが、近く、こうした事跡を踏まえ昔の修験道にならったトレイルランニングも実施したいと考えています。

 

 

  

 

交野、実は、ダンジリのあるまち

◆交野にはダンジリが7基あります。南から、星田地区2基、私市地区1基、森地区1基、私部地区2基、寺地区1基です。どれも大きくて豪華な装飾ぞろい、他市に比べ立派だと思います。

 

◆星田地区  (星田神社:アクセス JR星田駅 快速急行停車 徒歩10分。まちは江戸時代のままの迷路。駐車場はありません)

1.神社前の2基

2.飾り1

3.飾り2

4.巡行1

5.巡行2

○巡行予定など(2015年度)

<10月16、17日>

<16日> 18:00 星田会館に集合し、提灯と伊勢音頭を歌いながら練り歩き、星田神社へ宮入

19:00頃 星田神社 境内 だんじり引き回し

<17日> 巡行MAP(下図)

星田だんじり運行図low


 

◆私市、森地区 (天田神社:アクセス JR河内磐船駅 快速急行停車 徒歩5分。近辺に駐車場はありません)  

○引き回しのため、天田神社に宮入りした私市と森地区のダンジリ1.私市と森のダンジリ

1-1.私市と森が集結

2.私市引き回し

3.森の引き回し

4.月とダンジリ

○巡行予定など(2015年度)

<10月10、11日>

私市地区  天田神社 19:30~21:00 神社境内で引き回し

森地区   川東神社 19:30ごろ出発 天田神社 20:00宮入り後 引き回し

 

<ほかの行事>

○私市地区

子どもみこし

10月10日 若宮神社 14:00出発 15:30帰

10月11日 若宮神社 13:30出発 16:00帰

奉納行事ほか

10月10日 若宮神社 13:30 奉納行事(獅子舞)

10月11日 天田神社 15:00 私市小学校5、6年生による私市太鼓、南中ソーラン 15:30 奉納行事(獅子舞)

○森地区

子どもみこし 10月10日 15:00-16:00 地区練り歩き

 


 

◆私部地区 (住吉神社: アクセス 京阪交野市駅 徒歩10分。近くに駐車場はありません)

 

1.神社前のダンジリ

2.飾り

3.獅子 ⇔神輿のお渡りまで、獅子が子どもの頭を噛んで厄払いします。

 

4.神輿 ⇔神輿のお渡り。ダンジリは出ません。

051016住吉神社尾島さん行列 061low

○巡行予定など(2015年度)

<10月17、18日>

両日夕方18:00頃 住吉神社境内 引き回し

お渡り

18日 14:00~

※宮神輿、獅子舞、子ども神輿が御旅所(約500m)まで渡ります。御旅所からは、宮神輿と獅子舞が私部地区を練り歩きます。


寺地区

○画像はありません。

○巡行などの予定(2015年度

10月11日 住吉神社周辺のみ 20:00出発

 


◆他市のダンジリ事情

◆守口市だんじり祭

▼守口市にはダンジリが11基あるそうです。各神社のだんじり保存会で守口市地車連絡協議会を結成しており、毎年5月第2日曜日に同協議会主催で「守口市だんじり祭」を、守口京阪デパートの広場で開催します。今年で第9回目を迎えましたが、年々活発となり、今年は祭会場に集まるまえに市内巡行をしました。

▼祭に集結した各だんじりは、約10分間、引きまわしを披露してワザを競います。だんじりの屋根の上の「龍踊り」と「荒い引き回し」が腕の見せ所のようです。

▼ピンクのハッピを着たギャルの参加がとても多いです。

1.会場

2.集まったダンジリ           ▲待つ間、本番に備え、龍踊りを練習しています▼

3練習1

5.本番

▲本番。この踊り手は、いのち綱をつけずに龍踊りを披露し、「腕前」を誇示していました。

 

 

 

          

 

 

 

 

郡津駅、実は、五条通にあった

◆古代條里制の五条通を示す碑 P1000322                     P1000339  P1000345

●村上雅也さんから教えていただいたので、早速、五条通の碑を撮影してきました。

●思った通り、碑は、旧東高野街道沿いに建っていました。ちょうど万代の東の裏方向あたり、18号線(東高野街道)の高架下から郡津小学校へ向う道を入ってすぐにあり、郡津駅から徒歩5分ばかりです。

●やっぱり郡津駅は、五條通にあった、といえるでしょうか。

●旧東高野街道は、京都の東寺から高野山へと続く昔の幹線道路、写真の碑の左は京都へ、碑の右は星田を経由して大東市などへと続きます。約10年前、ここ旧東高野街道の写真撮影に訪れたとき、京都方面へ向かう道には田畑と古い家並が続き旧街道の趣きが残っていました。いまは、もうそれも失われています。

●約400年前、徳川家康は二条城から籠に乗ってこの道を通って星田の平井家へ着き、大阪夏の陣で豊臣家を滅ぼしました。

●約150年前、鳥羽伏見の戦いで敗れた幕府軍は、この道を通って大阪城へ逃げもどりました。幕府から「戸板運搬」の司令が出て、交野でも、幕府軍の負傷兵を担架代わりの戸板に乗せ、村の境界から境界へと運んだと、先年95歳で亡くなった機物神社故中村宮司が母から聞かされたと、いってられました。

交野の郡衙(ぐんが:役所)の跡

P1000304  P1000300

●大化の改新(645年)で国郡制がとられて国には国司、郡には郡司が置かれ、班田収授法が制定されて土地管理の方法として條里制がしかれました。

●交野にも郡司が任命されて役所(郡衙)が現在の郡津に設けられ、條里制による班田からあがってくる租(米の現物税金)がこの役所に集められ、役所(郡衙)の近辺は栄えました。(交野市史 民俗編 352頁)

●その役所跡の碑が、明遍寺の傍らに建っています。

◆明遍寺

P1000284   P1000290

●五條通の碑からしばらく旧東高野街道を京都方面へ向かうと明遍寺があります。中には、創建者明遍僧都が座ったという石が置かれています。

●大化の改新のあと、このあたりは、交野の米の集積地として栄えたというのです。

◆奈良でも京都でも、條里制がしかれたところは、奈良なら三條、京都なら一條から十条まで地名としてその名残をとどめるのに、交野は、なぜ、残っていないのでしょう。

 

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●このページをもっと充実させ、国内・海外から交野へもっと観光客にお越し頂きたいと思っています。

このページを、ハングル、中国語、英語に訳して世界にアッピールできたらと願っています。

国籍は問いません、ボランティアで誠に申し訳ありませんが、お手伝いいただける方、いらっしゃるでしょ

うか?          お電話をお待ちします。

◆  交野市星のまち観光協会 会長 佐藤義也  (事務局)072-891-9955

 

 

 

 

 

 

 

交野市駅、実は、四条通にあります。

◆交野市駅

交野駅

●ご存知のこの京阪交野市駅は、どこにあるでしょうか?

●京阪「祇園四條駅」は四條通、京阪「交野市駅」も四條通にあります。

答え ↓

碑

●古代の交野には條里制がしかれ、交野市駅のこのあたりが四條通、一條通は私市にありました。

この碑の横に噴水があります。

噴水

◆噴水の両側の柱には、織姫と牽牛のレリーフがあります。七夕のまち交野市の玄関口らしい発想ですが、現在は、いつも噴水が出ているとはかぎりません。

織姫と牽牛のレリーフ 鳥は朝鮮半島に生息するカササギです。

牽牛織姫

●機物神社には、織姫と牽牛を主人公とする七夕伝説「かすみを織る織姫」のものがたりが伝わっています。

●「かすみを織る姫君」のものがたりは、こちらでご覧ください。▼「交野 ジャンボ 七夕紙芝居」

 

 

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交野の名勝「磐船峡・鮎返しの滝」復旧の筋道の一案

<交野の名勝「磐船峡・鮎返しの滝」復旧の筋道の一案を考えてみました>
復旧までは4ステップが考えられます。
鮎返しの滝磐船峡復旧図2015-9-21
◆4スッテプとは?
◆第1ステップ
:星のぶらんこ入口から「梅の木」まで168号線を歩くとき、歩道がないので危険。ここに歩道など新しい道が必要になります。
1.

●正面のカーブが「梅の木」。ガードレールの外は余裕がありますので、川側に安全柵を設ければ歩道になるかもしれません。
●歩道づくりには、市民による道普請が可能だと思います。

第2ステップ:鮎返しの滝を川の中央で見られるようにする。
2.

●168号線の「梅の木」バス停から入ってすぐの天の川に橋がかかっています。橋の両側が民有地のため、通行には許可が必要です。
●許可を得られれば、橋を渡って左岸を上流へさかのぼると、鮎返しの滝のある岩場の向かって右にたどり着きます。
●滝は、やや向かって左にあるため、よく見るには川の中央あたりまで進む必要があります。
●安全で適切な足場が確保できれば、滝見物の最高のスポットになります。
(註)そこまでしなくとも、右岸から、滝を見下ろすことはできます。ただ、迫力はありません。
●ここでも、必要により、市民による道普請は可能と思われます。


◆第3ステップ
:「梅の木」から入った右岸側には「磐船峡」沿いに「磐船古道」が残っていますので、これを全面開通させます
●「鮎返しの滝」の上部あたりには、昔のコンクリート製の補強道路が残っています。

<左岸から見た補強道路>3.

<右岸で天の川を左に見た補強道路>4.
<右岸で天の川を右に見た補強道路>5.
●この補強道路までは、「梅の木」から約100メートルですが、崖崩落で危険な箇所がいくつかあります。
●危険な箇所は、山側に少し迂回路を設ける必要があると思います。
●この補強道路をすぎますと、道は、最後の崖崩落箇所を除いて比較的安全で歩きやすいです。

 

<右岸の様子。帰途の写真で天の川は左です>

6.

<右岸の様子。帰途の写真。天の川は左です>
7.

<右岸の様子。行きの写真。天の川は右です>
8.

<右岸の様子。行きの写真。天の川は右で、最後の難所です>
9.

●磐船古道の最後、168号線に出るところにはフェンスが設けられ、進入禁止となっています。このフェンスを除去する必要があります。
●前回調査のときは、ここに浮浪者のテントがありましたが、今は、なくなったみたいです。

第4スッテプ:無事、磐船古道を通過したら、168号線を戻り、トンネルを抜けた北口から左へ山道を通って「梅の木」まで戻る、山道を整備します。

◆第3ステップでもっとも多く、次に第4ステップで、道普請が必要と思われます。

◆以上は、2005年12月に入った調査に基づくものです。10年が経過していますので状況は、もっと悪化していると思われます。

 

◆交野の「名勝磐船峡・鮎返しの滝」復旧しようと思われる方は、準備が整い次第声をかけますので、是非、ご協力をお願いいたします。      交野市星のまち観光協会 会長 佐藤義也 2015年9月22日 記

 

 

 

 

 

 

 

 

交野、実は、タカ渡りのまち

『秋は、交野山で、タカを見よう』交野、実は、タカ渡りのまち)

 

西へ向かうサシバ

●西へ向かう2羽のサシバ。

南に向かうサシバ

●南へ向かうサシバ。

西に向かうサシバ

●西へ向かうサシバ

 

◆秋、9月中頃から10月初めまで、交野のはるか上空を鷹の一種サシバを中心にハチクマなどが渡ります。彼らは、交野山を目印に飛んでくるので、交野山の観音岩で見ることができます。

◆春、東南アジア・ニューギニアから日本へ渡るときは単独行動ですが、秋は、日本列島で生まれた次世代の鳥も一緒に沖縄・南西諸島経由で越冬地の東南アジア・ニューギニアへかえります。

日本列島では、帰るコースが南北二つあり、南は第一集団渡来地伊良湖岬から伊勢湾へ、北は長野県白樺峠から岐阜県金華山、京都の岩間山、天王山と渡り、ともに鹿児島県佐多岬に集結するそうです。そのコースに交野の交野山も含まれているようです。

◆交野山では、多い時は1日でサシバ約60羽、ハチクマ約50羽が観察されています。2000年から交野野鳥の会が交野山で定点観測を行っていました。

◆私の家は交野山の南西方向にあり、シーズンには屋上で、交野山方面から飛来する渡りが観察できます。南西から吹く季節の風に乗って、翼を広げたまま滑るように、はるか上空を渡る姿は、実にクールです。

◆朝、3羽でしたが、「鷹柱」(たかばしら)を見たこともあります。地上が温まって起こる上昇気流に乗って、交野山近辺で夜明かししたサシバが、らせん状に舞いながら、羽ばたくこともなく、1分も経ずして大空のケシ粒となりました。

交野山 アクセス

●JR津田駅、またはJR河内磐船駅➝(目印:機物神社)→(目印:交野カントリークラブ)→交野山。

徒歩約1時間。

 

 

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小さな棚田、交野 秋の風景

小さな棚田と曼珠沙華 交野の秋の風景

◆交野市星田2丁目、府道 藤が尾・星田線沿いに小さな棚田があります。毎年、美しい曼珠沙華が咲いて沿道を彩ってくれます。

◆子どものころ、あまりの美しさに家へ持ちかえると「しぶと花(死人花)だから縁起がわるい」と母から持ちこみ禁止、毒があるからと、手も洗わされた記憶が鮮明です。墓地に咲くので、京都ではそう呼びました。

◆江戸時代青木昆陽が、飢饉対策にと、中国からサツマイモを持ち帰った話しは小学校で聞かされた記憶があります。曼珠沙華も、やはり飢饉対策に中国から持ちかえられ人里近くの田畑の畦道や荒れ地、墓地などに植えられたそうです。

◆球根はアルカロイドという毒を大量に含むのでそのまま口にすると死を招くこともあるが、おろして水にさらすと、たくさんのデンプンが得られ、飢饉のときの非常食になるそうです。

◆有毒植物なのでモグラなど田畑に穴をあける小動物の駆除にもなると、田畑の周辺に意図して植えられたともいいます。

◆球根をおろして足の裏に湿布すると、肋膜に効くと、子どものころ聞いた記憶があります。

◆題に、「曼珠沙華」と書いたのは、法華経の最初、お釈迦さまがお説教を始められると、「曼珠沙華」という花が登場し、その場を祝福して天から降り注ぐからです。花の種類は異なりますが、この花の印象は、そんな大事な場面で、お釈迦さまを祝福するに恥じない、華麗さ、豪華さ(少し毒々しいですが)、鮮やかさをもっていると思いますので、「彼岸花」よりは、この言葉を好んで用います。

◆小さな棚田の曼珠沙華

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●右、遠くに交野山が見えます。

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●まだ7分咲きくらいですが、朱紅の色が鮮やかです。

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●まだ花を開いていない茎も多いです。

宅地のヒガンバナ
●棚田から少し外れると、道と最近建った住宅地にはさまれて咲いていました。
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●かつて群生があったと記憶する畑は宅地造成中でした。
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◆「小さな棚田」のアクセス

●妙見口の南西徒歩2分 。●京阪交野市駅 17号系 星田・交野市駅循環右回り・左回り 妙見口下車。

●妙見口 JR星田駅より東へ徒歩約20分。京阪私市駅より西へ徒歩約20分。

 

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うか?

 

2.植栽お願い

●天の川緑地公園という公園が天の川の左岸にあります。そのあたりの両堤防を、春は芝桜、秋は彼岸花で埋

め尽くせたらと願っています。どなたか、篤志家はいらしゃいませんか?

(註)ついでながら、私が社会奉仕の責任者をつとめる、交野ロータリークラブは、交野景観創造プロジェク

トと称し、2013年は星のブランコ裏のやまびこ広場に桜50本、紅葉50本、2014年は

くろんど園地にカタクリの球根5000個を植え、2015年は星の里いわふねに、ハナモモ100本を植樹

予定になっています。

 

●天の川緑地公園近辺の天の川

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記入者 交野市星のまち観光協会

会長 佐藤義也

(事務局)072-891-9955

 

 

 

 

 

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交野、実は、巨石と巨岩信仰のまち

交野は巨石がごろごろ

交野は太古から巨石と巨岩信仰で彩られたまちです。観光協会の名称のあたまにもありますように交野を「星のまち」と呼びますが、実は「巨石のまち」「巨岩のまち」がふさわしいかもしれません。

◆交野に、巨石と花崗岩の風化土砂が多い理由
 おおよそ260万年前のころ、交野山から磐船神社あたりの天野川上流域には今よりもっと高い山があって土石流と山の斜面の崩壊を繰り返しました。その結果、このあたり一帯の地質は、花崗岩の巨石と風化した土砂が堆積し今のようになったと考えられています。(14地形・地質[PDFファイル/262KB]-大阪府)
したがって交野の山や川は、ほとんど花崗岩の風化した土砂でできています

◆交野の主な巨石、巨岩信仰の神社など

●交野山観音岩 修験道のメッカだった交野山の観音岩。梵字を刻んだこの岩の上に立つと、大阪湾、六甲山、京都の山々が一望に見渡せ、世界の頂点に立って支配したような豪快なパワーを味わえます。

獅子窟寺獅子窟岩 弘法大師がそこで祈祷すると天から北斗星が降ったとされる獅子窟寺の獅子窟岩。この岩の奥に座ると、巨大な二枚貝の要部分から世界に向かって激しいエネルギーを発射できるようなパワーを感じます。

●星田妙見宮 弘法大師が降らしたとされる「北斗星」2個を織女石と呼んでご神体とする星田妙見宮。この岩の前に立つと、巨岩に太い根が生えて大地の勢いを吸いつくしたようなパワフルな生命力を感じます。同じ巨石でも、なぜ、こんなに異なったパワーを感じるのかと不思議です。古代の人たちは、こうした感受性はもっと強かったのかもしれません。

交野山(こうのさん) 観音岩

◆交野山(こうのさん)観音岩

大阪湾、六甲山、京都の山々を一望。

◆大阪湾、六甲山、京都の山々を一望。

獅子窟寺の獅子窟磐。

◆獅子窟寺の獅子窟岩。

星田妙見宮織女石(看板) ※巨石は撮影困難です。

◆星田妙見宮織女石(看板)
  ※巨石は撮影困難です。

 

●哮が峰 ニギハヤヒがアマテラスの命を帯びて天から天の磐船に乗って降ってきたとされる哮が峰(たけるがみね)。この岩の下に立ち、垂直の岩壁を仰ぎみますと、上に広がる青空のパワーが岩面に反射してこちらまでビームが届くように感じます。

●磐船神社船形の巨岩 ニギハヤヒの磐船をご神体としてモノノベの祖先ニギハヤヒを祀る磐船神社船形の大岩。秀吉の命で加藤清正が大阪城築城用に巨岩を切りだそうとしたら血が吹き出たので断念したという逸話が残っています。太古からの万物の生命がここに凝縮したようなパワーを感じます。

●岩窟めぐり 磐船神社の岩窟めぐりの洞窟は、まるで、地下の魔境に迷い込んだみたいに巨石が積み重なるなかをくだります。いくつも巨岩をすり抜けるにつれ、爆発させ発散させたいような激しい怪パワーを感じます。

咆哮峯(たけるがみね) 星のブランコ入口にそびえます。

◆哮峯(たけるがみね)
星のブランコ入口にそびえます。

天の磐船をご神体とする磐船神社

◆船形の巨岩をご神体とする磐船神社

巨石の隙間をすりぬける岩窟めぐり

◆巨石の隙間をすりぬける岩窟めぐり

鮎返しの滝 磐船峡 その磐船神社のそばを流れる天の川の少し下流には、巨石の上を躍りくだって勢いある魚さえ寄りつけないという鮎返しの滝があり、その上流には、約500メートルにわたって巨石がごごろごろ横たわる磐船峡が谷を刻んでいます。ただ、ここは目下、昭和30年代の台風で道が壊れ不通となっています。※一般のハイカーは危険ですから通らないでください。

人に見られることなく流れ落ちる鮎返しの滝

◆人に見られることなく流れ落ちる鮎返しの滝

巨石の間をうがつ磐船峡

◆巨石の間をうがつ磐船峡

磐船神社の岩窟めぐりを横に展開したような磐船峡。

◆磐船神社の岩窟めぐりを横に展開したような磐船峡。

◆貝原益軒も歩いた磐船古道を「道普請」で復活させよう

磐船峡のこのあたりは、かつて松茸の名所だった。江戸時代初期ここを通った貝原益軒も季節が季節なら恩恵に浴したかもしれない。彼の「紀行文」には、ただ「この谷の奥に星の社がある。織姫と牽牛を祀っている」と記されているだけです。名産までは知らなかったのかもしれません。

昭和に入ると、磐船峡を眼下に見下ろす磐船古道を車で松茸狩りの客が訪れ、酔っ払い運転でしばしば深い峡谷に車が転落したという。救出に村人がよく駆り出されたそうだ。

いま、そんな磐船街道を「道普請」で蘇らせようという機運が高まろうとしています。地権者の理解も得、行政に頼るだけでなく市民はボランティアで知恵や労力を提供し、官民一体となって約50年眠る古道を目覚めさせ、息を吹きかえらせようというのです。あわせてかつての松茸も蘇らせ、交野の名産にしようという夢まで語る人もいます。

いま、ここを訪れた人は、巨石ごろごろのすばらしさに感激しながらも、「廃墟」というが言葉があるが、この峡谷は昼間さえまったく人影の絶えた「廃峡」だと、暗くて荒れ放題で廃墟さながらの風景が広がる様子を、しばしばブログに記しています。

◆巨石めぐりコース

JR河内磐船駅➝交野山➝JR河内磐船駅➝獅子窟寺➝星田妙見宮➝(やまびこ広場)→磐船神社➝(やまびこ広場)→(星のぶらんこ)→哮が峰➝(星の里いわふね)→京阪私市駅

※全行程を実測していませんが、体験した部分をつなぐと、約16キロ、約8時間くらいのコースです。実測したら正確な行程と地図をアップします。(記入者 佐藤義也)

 

 

 

 

交野、実は、砂防のまち

◆交野は、平地と山が面積の半分ずつ
交野は、平地と山が全面積の半分ずつ、平地は天の川が流れ田畑はよく実り、山は緑豊かで美しいまちです。まさに「住んでよし、訪れてよし」のまちです。

◆先人たちが、危険なまちを安全にした
もともとの交野は、はげ山で雨が降れば土石流がふもとの人家や田畑を呑みこむ地質をもっています。天の川も氾濫を繰り返しました。

先人たちは、山には木を植え山腹には砂防の土塁堰堤(星田)を築き、川には砂防堰堤を築いて洪水を防ぎました。交野は、いま、先人の努力の恩恵に浴して安全で美しいまちとなっています。

しかし、その努力を継承しないと、交野の地質が土石流と洪水を起こりやす性質はいつ牙を剥くかもしれません。

◆交野、実は、砂防のまち
そんな先人の「お土産」の砂防堰堤が「登録有形文化財」として私市に残されています。交野の安全を守ってきた「安全治水の象徴」といえます。

◆交野に、巨石と花崗岩の風化土砂が多い理由
 おおよそ260万年前のころ、交野山から磐船神社あたりの天野川上流域には今よりもっと高い山があって土石流と山の斜面の崩壊を繰り返しました。その結果、このあたり一帯の地質は、花崗岩の巨石と風化した土砂が堆積し今のようになったと考えられています。(14地形・地質[PDFファイル/262KB]-大阪府)
したがって交野の川は、ほとんど花崗岩の風化した土砂でできています。

◆登録有形文化財 砂防堰堤を案内しましょう
私市植物園の前の日の出橋で、上流に向かって立ちましょう。
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1.右奥、天の川の上流に、「天野川砂防堰堤」があります。
2.  中央、屋根の見える建物の真前に、「尺治川砂防堰堤」があります。
3.  左の支流 尺治川の上流に「尺治川床固工」があります。

○説明板が、天の川のそばにあります。
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◆天野川砂防堰堤(登録有形文化財)

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※1889年(明治32年)、116年まえつくられた石積みの美しい堰堤です。今も堤から砂の流出を食い止め洪水を防いでいます。滝となって流れる川の風情は涼しげで こころを癒します。言い伝えでは、明治政府の外国人技師、オランダの築堤技術者、ヨハネス・レ・ゲーテのグループが築いたとされます。

◆尺治川砂防堰堤(登録有形文化財)

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※2007年「私市水辺プラザ」造成工事のとき、尺治川の本流が北側に移され役目を終えました。本流増水時には、水が流れます。

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◆尺治川床固工(登録有形文化財)

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※なだらかな傾斜に角石が敷き詰められ美しい川床を見せています。今も現役で石積の下に流砂が堆積します。

◆道順
尺治川の右岸、しばらくして左岸をさかのぼります。両岸はブロックで固められて
通路はなく草が生い茂ります。少しみにくいですが、有形文化財のプレートがあります。

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◆登録有形文化財砂防堰堤への道案内
・京阪私市駅下車、徒歩5分。大阪市立大学理学部附属植物園を正面に見て左が私市水辺プラザ。ここに、登録有形文化財があります。(記入者:交野市星のまち観光協会 佐藤義也)